北澤 一伯
Japanese / English

写真作品タイトル:「固有時と固有地」連作No.2
りかえし対立する世界で白い壁はくりかえしあらわれる 2007


くりかえし対立する世界で白い壁はくりかえしあらわれる
「固有時と固有地」連作No4

北澤一伯 コメント

おれにむかってしずかなとき
しずかな中間へ
何が立ちあがるのだ
おれにむかってしずかなとき
しずかな出口を
だれがふりむくのだ
おれにむかってしずかなとき
しずかな背後はだれがふせぐのだ。

「しずかな敵 <いちまいの上衣のうた>から」
(石原吉郎詩集 現代詩文庫26 思潮社)

松代大本営象山地下壕跡を、私自身のこころの暗部に、4号出口付近を私の身体と身辺状況に見立て、2006年同じ場所で『固有時と固有地』と名付けておこなった「掃く」「はらう」「刈る」といった行為を、くりかえした後、壁材による物体をくりかえし設置する。
それは、私と「あらそい」をめぐる模索を、空間で解釈しようとする試みである。
私は土地係争の体験が長い。その「いさかい」は、「白」「黒」の決着のつかないまま自らの潔白のみを主張する人間の、いわくいいがたい暗い内面に触れることだった。
現在も、私の感情は癒えたわけではなく、それゆえ係争区域の風景は、土地の上空まで所有者の生き方と死生観で満ちた特殊な空間に観える。
そこには、信州人の一生に対する見方考え方、他界観、哲学、土地の記憶、地域の歴史、霊的な場所と情念領域についての思考が、具体的に空間にさしだされているのだ。
太平洋戦争末期、強制連行の朝鮮人労働者らが従事し、地元住民も強制疎開や勤労動員を強いられた、地下壕の戦争遺跡の前に立つ時、国家という組織的メカニズムの暴力が、やはり空間にさしだされていると、私は感じる。
この場所が、痛切さとして日本語とハングルで記録される時、もしくは複数の異なる民族の言葉で語られて記憶される時、素材と行為によって美術として眼の前に壁が立ちあがる時、固有の時間の流れの中で実感された固有の場所は、「白」か「黒」かと対立する世界と同様の出来事になっていく。
前掲の石原吉郎の詩を読んだ時、「しずかな敵」という不可解な発想を、私も体験を通して育んだことに気がついた。そして、「敵」との対峙関係が不断に行われる日常性の中に、今も私は生きている。
私が、戦争史跡の土地で 場所の彫刻を構築する所以である。

1949年長野県伊那市生れ。
2008年
6月『「いばるな物語」車輪の下 路傍の石』(長野県伊那北高校薫ヶ丘会館)
7月『「固有時と固有事」連作No3 くりかえし対立する世界で白い壁はくりかえしあらわれる』
第7回まつしろ現代美術フェスティバル2008(長野市松代大本営象山地下壕4号出口周辺)
7月『セルジ・ペイ頌歌シリーズNo18~20』 第13回ニパフ・アジア・パフォーマンス・アート連続展’08(東京・行田・長野会場)
10月『「約束の地の塩」再制作』 松澤宥オマージュ展(安曇野市碌山公園研成ホール)
11月『池上晃事件・制作ノート』柳瀬荘アート・教育プロジェクト(所沢市東京国立博物館柳瀬荘)
12月『「残峡の家」「丘」をめぐって連作 』1994年からのプロジェクト終了(安曇野市穂高有明)

2009年
4月「N+N」『詩の函 内面世界インスタレーション』(練馬区立美術館)
4月 霜田誠二企画 『「パフォーマンス・アートの現在、ニパフの現在。Vol.7」自在、自律。自由、自動』「セルジュ.ペイ頌歌シリーズNo23<セルジュ.ペイ頌歌>」
6月『「いばるな物語」終章』(長野県伊那北高校薫ヶ丘会館)



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